日の谷

天理市長滝町日の谷

交通案内
天理駅からバス 長滝口下車 長滝町入り口から北の山中で、直線距離2km。北緯34度36分17秒,東経135度53分18秒

祭神
土地の水神、火神、信仰の想念の凝縮
八劔神、出雲建雄神、八大龍王

八つ岩正面

由緒
由緒
 神代の昔、素盞嗚尊が八岐の大蛇を退治されたとき、大蛇が身を変え天へ昇りて水雷神となって神剣に扈従して布留川上日の谷に天降り臨幸して鎮坐す。


 長滝町に民話として「八っ岩」が伝わっている。

 むかし出雲の国のひの川に住んでいた八岐の大蛇は、一っの身に八っの頭と尾をもっていた。 素盞嗚尊がこれを八段に切断して、八っ身に八っ頭が取りつき、八っの小蛇となって天に昇り、水雷神と化した。
 そして天のむら雲の神剣に従って、ヤマトの国の布留川の川上にある日の谷に臨幸し、八大竜王となった。今そこを八っ岩という。
 天武天皇の時、布留に物部邑智という神主があった。ある夜夢をみた。八っの竜が八っの頭を出して一つの神剣を守って出雲の国から八重雲にのって光を放ちつつ布留川の奥へ飛んで来て山の中に落ちた。 邑智は夢に教えられた場所に来ると、一っの岩を中心にして神剣がさしてあり、八っの岩ははじけていた。
 そして一人の神女が現れて「神剣を布留社の高庭にお祭りください」という。そこで布留社の南に神殿を建て祀ったのが出雲建雄神社(若宮)という。

 八っ岩に一っだけ平たいものがある。これをばくち場という。これはどれであったかはわからなかったが、 お祭りをされていた中心にある大きい岩の上部は平たくなっている。自然な状態の平たさなのかどうかは判らないが、恐らく当初はこの岩の上で祭祀が行われていたのであろう。 それが徐々に岩を祀るようになってきたのは宗像の沖の島の祭祀からの想像だが、相当に古い時代からの祭りの場であったものと想像したい。

八つ岩上部

貞観年中(859〜877)に吉田連の一族、都祁の村公康敬が神殿を造って神格となし、八剣神となし、田井庄町の八剣社として祀られたという。

 八っ岩の隣に ほおづき谷というところがある。八っ岩に蛇がいた。その目の玉がほおづきの如く赤く見えたので ほおづき谷という。

 当社は山辺郡所属の式内小社夜都伎[ヤツキ]神社の元社との伝承がある。また上記民話では、出雲建雄神社の神の降臨地とも理解できる。 ここに葛神社(九頭神社)と出雲建雄神社とが同じ神格であるようにとらえられており、これが混乱による間違いなのか、これら二つの式内社は同じルーツなのか、判断がつきかねる所。

お姿
 

八ツ岩側面

八ツ岩の鎮座地から大和平野の一部がよく見える。山辺の道沿いの夜都岐神社付近から田原本町あたり、また天理市の西方の八劍神社付近も見えていたようだ。 両社ともに元社がこの八つ岩との伝承もあるようで、お互いに見えると言うことが一つの証のようにも思える。

登拝 平成14年11月23日 香具さん、miekoさん、与乃登さん、kokoroさん、筆者

天理 八つ岩 平成27年9月11日 挿入。

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