佐紀神社(亀畑)
奈良市佐紀町亀畑 mapfan
鳥居
交通案内
大和西大寺 東へ800m 北へ200m 御前池東側
祭神
天児屋根命、経津主命、六御県命 『神社寺院大事典』より
拝殿 両側に座小屋
由緒
延喜式神名帳の添上郡の佐紀神社の論社であるが、池をはさんで西側に鎮座する同名社も論社を主張している。しかし当社からの分祀と言われている。元々は一つの神み域で佐紀神社を構成していたのだろうが、池の造営により分離されたのかも知れない。
現地の方から頂いたメールによると、「戦前までの佐紀の秋祭りには、二條の宮(亀畑佐紀神社)には、天皇陛下から詔を勅使が来ていた。」と大正生まれの氏子の長老さんの話を紹介していただきました。二條には勅使が来て。西畑には、勅使が来ないということから、東側の当社が由緒の深い神社すなわち式内社と認められていたと思っていいのだろう。
社伝によると、天武天皇二年(673)に鎮祀し、超昇寺の鎮守として尊崇されたと言う。貞観元年(859)に社殿を改修、寛平三年(891)に官社に列した。平安末期には兵火により焼失、10年後に再建、天正六年(1578)再度兵火により焼失。
本殿
お姿
多くの神宝が伝来しているようだ。鳥居の側に内容が示されている。幾度かの兵火をくぐり抜けて来たのであろう。 高麗犬、縁杖、摩利支天像、日光菩薩二神将像、月光菩薩十二神将像、十二天像
鳥居は西南向きだが、参道から本殿までの姿は池の向こうと殆ど同じ。座小屋や神餞所が両側に建つ。 樫の木が多い。本殿は一間社流造。
お祭り
10月 体育の日前の土日 例祭
大和の神々
神奈備にようこそ |