葛城二十八品 第二十二品



 一言主神社から南へ数百米歩くと、水越峠への道が現れる。西へ登って1.5km程度歩くと、葛木水分神社が鎮座している。大和国四所水分は大和朝廷支配地域の東西南北にあり、東の社として宇太水分神社、西は葛城水分神社、南は吉野水分神社、北は都祁水分神社とされている。延喜式神名帳では共に大社であるが葛城水分神社は名神大社となっている。

葛城水分神社の本殿

 葛木水分神社の前からS字型にカーブしている国道309号線をくぐって行くとS字型の反対側のカーブに行き着く。ここに金剛山への登り口はある。この道はもう歩かれなくなって久しいようで整備もされておらず、V字の道で、倒木、落ち葉、ゴロゴロと石が溝にある。この道を相当歩いたのであるが、溝の道にこだわったゆえ、第一回目のチャレンジは空振り。

 第二回目は修験者の方に案内して頂いた。水越トンネルの奈良側の入り口手前に登り口があり、そこからの登山となった。登り口には車一台が停められるスペースがある。比較的いい道である。途中で、前回通った道に合流するのだが、再び溝を歩くか、尾根ではないが溝の上の高台を歩くかの差があり、溝の道からでも高台の上を眺めていれば、あるいは前回発見できなかった経塚が見えたのかも知れない。mapion

大杉、祠、石碑

その横の祠と中に鎮座する大田和地蔵尊   経塚を示す木柱
 

 経塚は祠の左側の大杉の根元にあると、『参考文献1』にある。

 石碑には「妙法蓮華経嘱累品第二十二」とある。



役行者が修行したと伝わる祈りの滝。
多くの人が水をポリタンに入れべく、並んでいた。
農産物の無人売店があった。大根を買った仲間がいた。



『葛嶺雑記』 嘉永三年(1850) 三浦茂樹 から

 水 越 経 塚
 和州葛上郡関屋村の水越たわの地蔵是也
   妙  属累品第二十二之地
   国分の関屋をあけて川守は法に随ふみつこしのさと

 


参考資料 『葛城の峰と修験の道』中野榮治著

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