葛城二十八宿 第二十六品


  竹内街道は難波と大和を結ぶ官道であった。 官道、官の専用道であり、官しか通れない道だったと云う。ダイアモンドトレールを北上すると交差する。 竹内峠である。ここに「役行者御霊泉」と刻印のある石碑がたっている。泉が湧いていたのだろうが、今はない。万葉公園mapfan

役行者御霊泉の石碑

 二上山の雌岳に登るのであるが、登り口に万葉公園が出来ている。そこから岩屋の岩窟まではさほどの距離はない。奈良時代の石窟寺院跡として史跡指定。

岩屋の岩窟

『葛嶺雑記』 嘉永三年(1850) 三浦茂樹 から

 岩 屋 の 崛  河州石川郡山田村支配、岩屋峠、河和両国境

 窟中に切立塔、また爪彫三尊弥陀、南を観念窟といふ。 四五丁西に、ろく谷といふところあり、十三重切立塔・仏生石・金剛童子・両界石、弥勒三尊等、いずれも自然石にその形容をつくりたり、役行者の御作といへり。
 

 

 二上山の雌岳から、葛城山と向こうの金剛山を眺める。

修験の山々

 

 二上山の雌岳を通過し 、ホト場である馬の背を越えて雄岳頂上に出る。

 稲荷神社の石碑が榊に囲まれて鎮座。

稲荷神社

葛木座二上神社
 

 二上神社と並んで、第二十六品の経塚がある。正面両脇に狛犬、立石が最上段に置かれ、土台は多くの石で囲まれている。背後に陀羅尼品第二十六之地の碑が立っている。

第二十六品の経塚

陀羅尼品第二十六之地

 20m程離れた場所に伝大津皇子の墓がある。

伝大津皇子の墓


『葛嶺雑記』 嘉永三年(1850) 三浦茂樹 から

 二 上 権 現 和州葛下郡鎌田・染野・池田・野口等右四ヶ村の支配なり

 本社南向、祭神二座、本地勢至
○修飯童子本地梵相、西南仏、河和国界二上が嶽に鎮座し給ふ。
此尊号は、托鉢修行に一切の施を受、心身堅固んき保ちて、苦行するの義、又所名は、唯仏与仏、同一躰を、凡聖二つにならべたてゝ、さとし給はんの意。
○一つある修飯のみ世にかたちよく二上か岳をうつす日のかげ

妙   陀羅尼品第二十六之地

肩箱のふたかみ山のしら雪を華とみまかふ朝ほらけかな
 

 


参考資料  『葛嶺雑記』、『葛城の峰と修験の道』

葛城二十八宿

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