長壁神社(おさかべ)
姫路市立町33
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神社
交通
山陽姫路駅 北200m
祭神
刑部親王、富姫
社殿
由緒
刑部親王は第四十九代光仁天皇の皇子であった。富姫はその皇女。皇太子であった刑部親王は藤原百川の讒言により、その地位を廃された。
富姫は幼き頃より永く姫山の地に住み、ここで逝去。
以後二人は姫山の守護神として姫山に祀られた。代々の守護職国司からも厚い保護を受け、一般の人々からも厚い尊敬を受けた。
豊臣秀吉・池田輝政が姫路城を築き、地神様の長壁神社は鎮座地が城内ということになり、一般庶民は参拝できなくなった。江戸時代の姫路城主風流大名榊原政岑は越後へ転封に際し、立町の地の長源寺境内に長壁神社の分霊を祀り、ゆかた姿で祭祀に参加してもいいとのお達しを出した。以後、姫路は6月22日〜24日の夏至の日々に神社の祭礼があり、ゆかたを着る慣わしとなった。播磨国大社二十四社の一。大正年間に分離した。
お姿
歓楽街の真ん中に鎮座。西向き。
ゆかた祭りは姫路の夏の風物詩。その基点となる神社として聞こえていたのでそこそこの神社と思いきや、鳥居はなく社殿のみが街角にあり、説明板が置かれていた。
お祭り
6月 22〜24日 ゆかた祭
『平成祭礼データCD』、『姫路の神社』
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