大湊神社
福井県坂井郡三国町安島23-15-1  地図

里宮の鳥居

交通案内
三国電鉄三国駅より京福バス松島行きで雄島下車


祭神
 事代主神、少彦名神 合祀 天照皇大神、伊邪那岐神、伊邪那美尊、應神天皇(『平成祭礼CD』)
 三尾君の祖神(三尾大明神)(『足羽社記略』)
 三尾君の祖神(磐撞別命)(『神祇資料』)



由緒
  越前国坂井郡の式内社。
 勧請年月は不詳であるが白雉年間とする説がある。
 『神社明細帳』によれば、「往昔異国の軍艦当国に渡来したる時、当社大神松原之岡に於いて霊験を顕わし、夷賊を退治し給ふ。(中略)。夫より当社を弓神と称し、諸人崇敬祈願の族は弓矢を奉納する事、今以流例たり。
 弓矢による神射式は廃絶したが、当社を弓矢神とし、八幡神として崇める風が生じた。

 当社が所蔵する文献『高麗伝来御獅子略記縁起』には、「文武天皇の時代(697〜707)に外敵に攻められた時、一むれの者が高麗から伝わった獅子舞を守って、白山の麓に隠れ、以後住み着いたので、雄島の名をとって村と名付けた。」と記している。半島から海賊が来たのかも知れない。

 「三尾」は近江国高島郡の郷名で、継体天皇の父の彦主人王の別宅の地があり、ここへ越前国坂井郡から振媛を迎えて、男大迹王(後の継体天皇)が誕生するが、まもなく彦主人王が没したため、振媛は故郷の鷹向へ帰り、ここで男大迹王を養育したと伝えられる。
 越前国坂井郡には水尾、また三尾駅が『延喜式』に記載されており、近江の三尾氏の一部が越前に移住して、祖神を祀ったものと推測されている。

里宮の拝殿

里宮の本殿

振媛の神像


お姿
 里宮は海を向いて鎮座、安島から雄島には橋が架かっている。東西に200m。美しい日本海の浅瀬が見える。

 雄島は全島神域で周囲4km、ヤブニッケイなどの原生林と常緑広葉樹林で覆われている。島全体が名勝天然記念物。橋を渡り、左側に進むと古色蒼然とした拝殿と流造の本殿が見える。元和年中(1615〜)の福井二代藩主松平忠直の寄進。

東尋坊から眺めた雄島と安島地域


お祭り
  4月 20日 例祭

雄島への橋と鳥居

雄島の拝殿

雄島の本殿



参考:『日本の神々8』白水社、『平成祭礼データCD』、『式内社調査報告』巻十五

大湊神社HP

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