貴祢谷神社
三重県南牟婁郡紀宝町鵜殿小字矢渕 niftymap

鳥居
 


交通案内
紀勢線鵜殿駅西相可駅 西1km 矢渕中北側 構内の道を東へ



祭神
速玉大神、夫須美大神、家津御子大神

石段と鈴門


由緒

 参道だった所に生コンの作業所が出来ている。中学校の運動場の北側の道を通って神社に行く。生コンが立てた由緒の説明板が境内にある。
 神代の頃に新宮の神倉山にお降りになった熊野神が約二千五百年前にここにお移りになり始めは速玉大神、夫須美大神、家津御子大神の三柱の神を二つの社殿に祀り約二千年前に石渕の祭神の内 家津御子大神が本宮へ移られ約千九百年前に石渕の熊野神が新宮へお移りになった。この時に鵜殿諸手船(もろたぶね)神船を先導し奉ったことが伝えられている。(熊野権現御垂迹縁起、帝王編年記、扶桑略記)

 このように御由緒から千数百年このかた私たちの生活の中に精神的なよりどころとして代々の人々の崇敬を今もなお受けている。
 境内からは古墳時代末期(約千五百年前)から鎌倉時代(約七百年前)頃までの祭祀用の古い土器も出土し熊野地方とくに鵜殿村にとっては神倉山に次ぐ古い祭祀遺跡で最も貴重な文化財である。
 昭和五四年四月吉日 貴祢谷社保存会

 『熊野年代記』 安寧十八年の記述に、切目(和歌山県印南町切目)の後に新宮の神倉に神が降臨し、六十年鎮座してから貴祢谷に勧請とある。熊野神については、各地に降臨伝承が残っている。

本殿


お姿

 実際には新宮駅(徐福公園)でレンタサイクルを借りて、熊野大橋を渡って参詣した。
 神社への道標があり、それを追って行くと、学校の運動場の入口に来た。そこには迂回路として、矢印が並んだ道標があった。え! ここまで来て迂回する? どこに迂回するんだろうと悩んだ次第。大阪では授業中の学校内に一般人が立ち入ることは御法度なのだが、どうやら南紀鵜殿では許されているようだ。運動場の横の道を通り、神社の入口に到着。

 山の中腹の石の多い場所に鎮座している。磐座信仰かと思っていたが、どうやらそうではなかったようだ。山の頂上のある三角点付近には何かあるのかも知れない。


お祭り
 

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