葦高神社
島根県出雲市美野町935 its-mo


交通案内
一秦電鉄伊野那陀駅下車 北2km

祭神
赤衾伊野意保須美比古佐和氣能命 配 天甕津姫命

由緒

 通称高大明神。元高山の地に鎮座していたが火災にあい、天正元年当地に再興。

 『出雲国風土記』秋史家郡の條から
 伊農郷。郡家の正西一十四里二百歩なり。出雲郡の伊農郷に坐しし赤衾伊農意保須美比古佐和氣能命の后天甕津姫命、国巡行し坐しし時、此の處に至り坐して詔りたまひしく、「伊農はや」と詔りたまひき。故、伊努と云ふ・ 神亀三年に字を伊農と改む。
 とある。
 葦高神社の名風土記には記載されていないようだが、伊努社の名が見える。祭神は天甕津姫命である。 また出雲市西材木町の伊努神社には赤衾伊農意保須美比古佐和氣能命と配祀神に天之甕津日女命が見える。 こちらは『風土記』出雲郡の條の、国引き坐しし意美豆努命の御子、赤衾伊農意保須美比古佐和氣能命の社、即ち郷の中に坐せり。故、意農と云ふ。 神亀三年に字を伊農と改む。
 と出てくる。

 赤衾伊農意保須美比古佐和氣能命とはどのような神であろうか。
 国引きの神の御子、即ち引いて来た国の開拓などに従事した神と云う所であろう。洪積地の守護の神と加藤義成氏の注釈がある。赤衾は伊農(い寝)の枕詞とか。
 開拓後食料が出来た。后神の天甕津姫命は甕はミケで御食である。 『尾張国風土記逸文』吾縵の郷に「私は多具の国の神、名を阿麻乃弥加津比女と云う」とあり、「私を祭れば品津別の皇子はよくものを云い、寿命も長くなる」と云っている。 花鹿の山に坐すとある。
 尾張国ではないが、美濃国大野郡(岐阜県揖斐郡谷汲村)の花長上神社の祭神として天甕津日女命の名が見える。 品津別の皇子のことも出雲に共通した話しであり、深い交流が想定される。
 夫君の赤衾伊農意保須美比古佐和氣能命は同じ村の花長下神社の祭神となっている。

 出雲に話を戻そう。
 通称を足高さんとする神社がある。八束郡東出雲町出雲郷の阿太加夜神社で、阿陀加夜奴志多岐喜比賣命を祭神としている。 出雲郷はアダカエと読む。アダカエの奴志多岐喜比賣と云う意味だろうか。 飛鳥川上坐宇須多伎比売命神社と似た名前だ。

お姿
 HP「伊野小学校」の写真にリンクさせています。 本殿は春日造、境内175坪の小さい神社。しかしロマンを感じる。

社殿と5年生


お祭り

例祭  七月 九日

神奈備にようこそ
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