細川神社(ほそかわ)
池田市吉田町 ゼンリン

鳥居

交通案内

阪急池田よりバス久安寺方面木部下車西北500m

祭神

細川水大神、五十猛尊
『大阪府史蹟名勝天然記念物』では細川水神、素盞嗚尊、菅原道真公。

由緒

 摂津国豊島郡の延喜式内小社に比定されている。『摂津名所図会』には、「吉田邑慈園寺山にあり。延喜式内。今毘沙門天と称し、久安寺奧院とす。」とある。
 創建年代は天平年間(729〜748)以前と『大阪府全志』にある。
 
 池田市は古代、「秦氏」の居住地であり、井口堂の二子塚古墳(6世紀)は新羅によく見られる双円墳であり、鉢塚の鉢塚古墳も古墳時代後期の一辺40mの日本屈指の大きさの上円下方墳である。これは「秦氏」の勢力を物語る。山城の大酒神社は秦氏の祖神を祀った神社であるが、別殿に呉織・漢織の神が祀られている。それと同じように近くの伊居太(いこた)神社には穴織大明神が祀られ、呉服(くれは)神社には呉服大明神が祀られている。

 平安中期の坂上氏の一族土師氏が土着し、その伝承を持ち込むとともに、秦氏の伝承を引き継いだものであるとされる。
 秦氏や坂上氏とこの細川神社との関係は明らかではないが、坂上田村麿は蝦夷征服の道筋で五十猛命を勧請している。強いて祭神の由緒にこじつけれるか。

 鎮座地は吉田と呼ばれる池田市北部で、細郷と言われていた地域。土地が高く水はけがよいので風水害などのよる大きな被害もなく、植木の栽培・出荷を主な生業とする農村部である。植木業の歴史は戦国時代に遡る。
 『摂津名所図会』に、細川地区は「名産種樹、細河谷より出づる。京師・浪速及び諸国へ出す。都てこの辺の地理、北の方山岳多く寒さを防ぎ、南の方晴れて陽気早し。故に諸木繁生の名地まり。」とまとめている。
 細郷は日本最古の植木の産地とされている。ここに植林の神である五十猛命が祀られているのはうなずけるのである。当社の御神体は船具と言う。浮き宝の神であり、渡しの神でもある五十猛命に相応しい。
 いずれにしても五十猛命の勧請時期は植木業が繁栄して来た江戸時代のことと思われる。
 また物部氏の為奈部首の斎祀った神社との説がある。*1

拝殿

お姿

 旧吉田橋を西に渡り数百メートル程すすみ、北の山の方へ行くと赤い鳥居が見え、その奥に木々に埋まった社殿が見える。 社殿の背後は山裾であり、檜などの多くの木々が密集している。 社地は広くないが、掃除が行き届き、誠に美しく保たれている神社である。
 余野川を遡れば高野山真言宗久安寺がある。朱塗りの楼門は国の重文、密教教学の曼陀羅思想の庭は四季折々の花が咲き乱れる。名刹である。

本殿

お祭り
 古代の名残である禰宣制度が伝わる。東山から11名、吉田から3名が選ばれ、年長者が神職となる。


  夏祭り  7月
  秋祭り 10月

*1 大いなる邪馬台国(鳥越憲三郎)講談社
大阪府神社史資料
大阪府の歴史散歩(山川出版社)
大阪府の地名(平凡社)


平成21年 5月27日一部改訂
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