一言主神社
橋本市山田626 its-mo



一言主神社 鳥居と保育園

交通案内
JR和歌山線紀伊山田駅 北3km


拝殿

祭神
一言主大神
 合祀 天忍穗耳命、市杵嶋姫命、天照大神、倉稻魂命、金山比古命、日本武命、大山津見命、應神天皇、神功皇后、素盞嗚命、大戸比賣命、底筒男命、中筒男命、表筒男命、伊邪那美命、大國主命、火結神、天津神



由緒
 祭神の一言主大神は雄略天皇が葛城山へ狩りにお登りになったときにお出合になり、お二人の問答の中で大神が「私は凶事も一言、吉き事も一言で解決する一言主大神であるぞ」と申されたと言う話は有名である。今でも多くの人達から「一言さん」と親しまれ崇敬されている。

 本社は桓武天皇延暦三年(794年) に空海が当地を訪れた際に、里人と相談して産土神をまつる神宮寺を創立したのがはじまりと伝えられている。
 中世には領主吉田氏の崇敬が篤くて、山田村葛城明神社とも称せられて山田、吉原2ケ村の総鎮守と仰がれてきた。明治二年、山田村各地に鎮座していた神社の神々を合祀して現在に至る。

 合祀されている大戸比賣命とは奥津比売神のこと、大和の笠山荒神などの様に荒神社の祭神に多い。三宝(仏、報、僧)の守り神ともされる。

 同じく火結神は火産霊神とも書き、愛宕の神で、火伏の神とされる。


本殿



お姿
  山田保育園が一の鳥居をくぐった社前の広場にあり、小さい子供達が神前で遊んでいる。祖霊としては最高の雰囲気だろう。
 この辺りから北側には和泉山脈が東西に続き、まるで壁のように紀伊と河内を隔てている。 そこから南へのびている山並みの南端に鎮座している。 陸地のどんづまりの奥座敷と言う雰囲気。西への道は建設中、北へは山越え、南と東に開けているようだ。


お祭り
 2月22日 春祭
 7月22日 夏季大祭
10月22日 秋祭


紀伊續風土記 巻之四十五 伊都郡 官省符荘 山田村から

○葛城明神社  境内周六十四間
八幡宮  辨財天 相殿
村中にあり 山田吉原二村の氏神なり。
○小祠四社
八王子社 
村の北にあり  山神社 社地 除地

小 社 
社地除地二社共に村中にあり  白山権現社 不退寺の巽にあり 祠なく叢竹のみなれとも霊験ありとて里人敬崇す

○嶽の鼻
村の北の方河州加賀田村へ越ゆる山路にあり 奇巖なり
 
 


参考
『平成祭礼データ』『和歌山県神社誌』

紀の国 古代史街道
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