紀の国の民話・昔話・伝承 和歌山市編 その一
あやまった雷
雷ちゅうたら誰でも知ってるわな。
夏になったらゴロゴロ、ピカピカちゅうおとろしやつやな。
あいつの御馳走ちゅうたら、なんと人間のオヘソやてぇ。
そやよって、夏やいうてもオヘソをほうり出して走り回ってると、あの雷がゴロゴロ、ビシヤーンと落ちてきて、びっくりしてる間に、さっとオヘソをとっていくんやて。
やっぱしお行儀ようしてやなあかんで。
ずっとむかし、和歌山の北の方に木ノ本八幡宮ちゅうお宮さんがあったんやして。…ウン、いまでも立派なお社があるわな。
あのお宮さんで起きたことや。
あそこにものすごう立派な杉の木があった。
ある夏の日のことやして。
西の方から黒い雲が湧き出したと思うと、にわかにものすごーい夕立になり、ヒカヒカ、ゴロゴロと鳴り出したんよ。
あんまし雷の音が大きいので、もう宮司さんもびっくりしてしもうて、ブルブル震えてたんや。
そしたらまたも耳もわれるよな音がして、どうやら境内に冨が落ちたらしいわ。
宮司さん、びっくりして神さんのお札(ふだ)を手にすると、本殿まで走っていった。
そしたら杉の木に落ちた雷が、あちこち荒し回つてるとこやった。
宮司さんもびっくりしたけど、持ってた神さんのお札を雷に向け
「こら! お宮さんに落ちてくるとはけしからん。しかもここは武勇の神さんをお祀りしてある八幡宮じゃぞ」
と大声を張りあげた。
これには雷もびっくりしたわな。
「こりゃかなわん。あの宮司の持っているお札だけは、わしゃ苦手やね。
そういうて、お宮の石段をどんどん逃げていくんやしょ。
あんまし慌てたもんやよって、階段の途中でスツテンコロリ。
とうとう雷はつかまってしまい、そばにあった井戸へ放りこまれて、ガッシリと蓋をされてしもたんや。
まっくらな井戸の中へ閉じこめられた雷は弱りきってしまい、とうとう泣き声を出して
「もう二度と落ちてこんよって、今度だけは許して」
と平謝りしたんで、宮司さんは助けてやったんやと。
それからあと、もう八幡さんには雷は落ちなんだ。
関連する神社 木ノ本八幡宮
医者だまし
どんと昔のことに、紀伊村のお医者さんが、キツネにだまされて、子ギツネのカゼヒキにつれて行かれたことがあったといわな。
木ノ本村にも似たよな話があら。
ここに牛や馬の病気を診る上佐はんちゅうお医者さんが住んでたんやしょ。
木ノ本村の北山を越えたら、もう和泉の佐瀬川で、そこを越えたら西畑ちゅう在所があり、上佐はんも頼まれたらちょいちょいと往診に出かけてたんやと。
ま、それは良かったんやけど、ある日のことに使いの人が来て、佐兵衛さんとこの牛の調子が悪いよって一ペん、見に来てほしいちゅう言づけやった。
上佐はん、早速に承知して、そのあくる日、道具や薬箱を持って北山を越え、西畑の在所へ行ったんやと。
そして牛の容体を見てみると、腹もふくれてるし、鼻も乾いてるんやしょ。
(こら消化不良を起こしてるんやろ…)と思て、ハリを打ったり、竹の筒で下剤や胃腸の薬を流しこんでやり、しばらくの問、様子を見てるとどうやIb元気を取り戻したわな。
飼い主の佐兵衛さんも、傍で心配そに見てたんゃけど、牛が元気になったんで大喜びや。
「先生、遠いとこおおきに。お陰さんで牛も元気になったようや。なんにもないけど、一ばいやっていきよし・・」
と洒をすすめてくれた。
上佐さんも根が好きやよって、たっぷりど馳走になり、お土産に「板くずし」・・うん、今のカマボコやな・・・それを五枚ももろて、どっこいしょと腰をあげた。
「板くずし」は可愛いい孫の土産に:・としつかり持って猿板峠ちゅうところにさしかかった。
その頂上あたりまで釆た時、赤いベベを着た十五、六の可愛い娘さんが、木ノ本の方から登ってくるのに出会うたんや。
あたりはすっかり暗くなってたんやけど、娘さんの姿だけは、はっきりと見えたな。
そしたらその娘さん、いきなりドンとふつかってきたんで、お洒をのんでヨロヨロしながら歩いていた上佐さんは、ひとたまりもなくドシーンとひっくりかえってしもた。
「ヤレヤレ、乱暴な娘さんもいるもんやな…」
と起きあがったら、手にもってた五枚の「板くずし」はもう一枚もなかった。
これもキツネにやられたんやしょ。
関連する神社 木ノ本八幡宮
白鳥女房の話
和泉と紀州の国境は雄の山峠で、あそこはむかしから熊野詣でする人が多勢行き来して、関所もあったんやで。
その南の方に小さい在所があってな、そこに気立てのええ一人の若者が住んでたんや。
小さい時に両親に死に別れて、残されたわずかばかりのたんばを耕して、細々と暮らしてた。
ある日のことに、たんぼから帰りしなに、手足を洗おと思て、小川のはとりまでやってくると、そばの草むらのあたりでバタバタ音がするんや。
なんやろな・・と思うてのぞいてみると、きれいな白い鳥が、羽根のところに矢を射込まれて、もがいているんや。
やさしい若者は
「おお、かわいそうに・・今その矢を抜いてやるからな・・」
ちゅうて、矢を引き抜いてやり、血どめの薬草もさがしてきて、それを塗りつけてやったんやとい。
白い鳥は、たちまち元気になり、夕空高く飛んでいってしもた。
その晩、夜も更けてから若者の家へ一人の娘さんが訪ねてきて「道に迷うてしもうたんで、今晩一晩泊めてくれませぬか・・」ちゅうんで喜んで泊めてやった。
その娘さんは、両親に死に別れて、遠くにいる親戚を頼って旅してるらしんや。二人はすっかり気が合うて、とうとう娘さんは若者の嫁さんになったんやしょ。
しばらくして、この村にも弓矢を使うて猟をすることが流行ってきてな、若者もそれが欲しうてたまらんよになったんやと。
貧乏やよって、弓矢の一組も買えやんし・・と若者は毎晩、嫁さんにグチを言うてたんやけど、ある朝、起きてみると、枕元にそらもう立派な弓矢が置いてあった。
さぁ、若者は喜んで、早速山深く分け入って猟にでかけたんや。
けど新米の猟師やよって、キジ一羽、落とすこともできやなんだ。
日は暮れてくるし、道には迷うてしまうし、おまけに雪まで降ってくるで、とうとうへたりこんでしもたんや。
そしたら弓は急に姿を変えて、白鳥の姿になって空高く飛んでいってしもたんやと。
若者の心がすっかり弓矢に移ってしもたんで、愛を失った白鳥女房は、とうとう元の姿に戻ってしもたんやな。
雄の山峠の王子社 中山王子
狐島のキツネ
狐島って名ァつくくらいやよって、むかしはさみしいところで、ようけキツネが棲んどったらしいわ。
そいで、ちょいちょい悪さしよったんや。
こんな詰もあら。
むかしな、ここによぼよぼになったおばあさんが住んでてな、夜になって近所へもらい風呂に行ったんや。
ほんのそこにある家やのに、その夜に限ってなかなか着かんのや。
そのうちに前垂れに火がついたいうて、おばあさんが
「アレ、私の前垂れに火がついたよう。誰ぞ水もてきてけえよう・・・」
と大声でわめきたてたんやしょ。
そいで近所の人が飛び出してみると、おばあさんは一生懸命に前垂れをたたいてるんやが、そのさまは丁度、火を消そうとしてるようや。
気のきいた近所の人が
「それ、おばあちゃん、水やで…」
いうて、タライを差し出すしぐさをすると、おはあちゃんは
「おおきに、おおきに…」
いうて、手でタライの水をすくうしぐさをして、パッパッと足元にかけ
「やれやれ、やっと消えたわ、おおきに、おおきに」
ちゅうて礼を言うたんやと。
みな「お宮のキツネにいらわれた(なぶられた)んやろかい…」ちゅうたそうな。
あの梶取[かんどり]のところに大けな寺があらしょ。
あそこの墓場のぐるりを、キツネにだまされて、一晩中ぐるぐる回ってた人の話もあら。
その人はな、なんでも親類にめでたどとがあって、およばれに行ったんやて。
そいで腹一ぱいどちそうになってな、あっちヘヒョロヒョロ、こっちヘヒョロヒョロしながら、それでも手にもったお土産の折詰めはしっかと握って、その梶取のお寺さんのへんまでさしかかったんやと。
そしたらな、手にさげた折詰が急に重とうなってきて、もう持ってられやんのやて。
そいで左の手に持っていたのを右の手に持ちかえようとした折、ぴゅうーと風のようなものが吹いていったと思うと、もう折詰は無くなってしもてたんやと。
あのキツネのために泣かされた人、このあたりに大分あったそうやで。
近くの神社 稲荷神社 和歌山市狐島北川原1 祭神 宇氣持神
川辺の竜王さん
どんとむかし。
ある年の夏のことに、大水がついたんや。
そいで川永のあたりも、紀ノ川には泥水がひたひたと押し寄せ、たよりない堤ももうじき切れそうやいうて、どてらい騒ぎになったんやと。
そんな折しも、ごうどうと流れてくる紀の川の大水を見物してた子どもらが、ふと岸に流れついてる木の箱を見つけたんやしょ。
「何が入ってんねやろ・・」
そういいながら箱を開けてみると、なんとピカピカ光る金の御幣が入ってんねやして。
そいでびっくりして家へ持って帰ってみると、親たちは
「もう堤が切れよかと心配してるのに、へんなもん捨てくんな。もとのところへ返してきよし」
というておこりつけた。
ほいでもとのところへ戻してきたんやけど、その晩、両親ともえらい熱がでてな、いろんなことを口走るもんやよって、近所に住んでた山伏さんに拝んでもろた。
そしたら山伏さんに神さんが乗り移ってな
「我はこれより川上、伊都の背の山、妹の山に祀られていた竜王である。この度大水に流されてきて、縁あってこの村に流れつき、子どもらが拾うたのに、その親たちは我を祀ろうともせず再び川に捨てさせた。
よって祀られていた背の山・妹の山の見える高い場所に祀れ。
さもなくばお前たちのみならず、村中の者に崇りがあろう…」
といわはんね。
さぁ村の人はアワ食ってな、もう一度、金の御幣を拾うてきて、川辺の東北の方角に小山を築いて、その竜王さんを祀ったんやとい。
それから長い年月がたって、今から七十年はど前にその祠を近くの空地へうつし、周囲をシックイ(いまのコンクリートのようなもの)で塗り固めたんやと。
この時もえらい異変が起こって、信者の人がたくさん病気した。
山伏さんが拝むと
「シックイで息もできぬ。木も一本も生えてないし、このようなところへ移されてはとうてい我慢ができぬ。元の小山に戻さぬと村人の命はないと思え!」
というお告げ。
村の衆はあわてて元の小山に祀り直し、今でも大切に拝んでるんやとい。
近くの神社 力侍神社
日延村の由来
むかしむかし。
和歌山の北・東の方に小さな在所があって、そこに住んでる人たちは、一所懸命に畑を耕してたんや。
水には不自由せんし、土地もよう肥えていて、なかなか住みやすいとこやったそうな。
その少し西の方に、楠本いう在所があって、ここにはどてらい楠の木があっての、そらもう一本だけで大きな森になってたんやと。
村の人らは影になるいうてボヤいてたんやけど、あんまし大きな木には魂があるちゅうてな、誰も伐ろうとはいわなんだ。
ところが、その木にとてつもなく大きなクモが住みついたんやしょ。
人によっては山賊の集まりともいうし、またある人は、足を延ばしたら紀ノ川をまたぐはどの大怪獣クモゴンやいう人もあった・・それはともかく、通りかかった人は食われてしまうし、女はさらわれるし、畑のもんはみな食われてしまうしで、もうさっばりやった。
弱りはてた村の衆は、この上は都へお願いして、武勇の誉れ高い将軍をつかわしてもろて、ひとつあのクモゴンを退治してもらおら・・ちゅうことに相談がまとまったんやしょ。
村人の願いがとりあげられて、都から大勢の兵士をつれ、武勇の誉まれも高い坂上田村麻呂ちゅう大将軍がやってきた。
そいでクモゴンとの決戦のために、兵士たちに命じてたくさんな竹を伐り出させ、どんどん矢をつくらせた。
ある日の夕方のことや。
夕方になると、このクモゴンは活動しはじめるんでそのチャンスを待って都の大軍は一挙に決戦をしかけたんや。
さ、クモゴンが出現したど。
ノッシ、ノッシ・・まるで山が動いているようや。
兵士たちはブルブル震えて、その場にへたりこんでしもた。そいでも雨あIbれと矢を飛ばしたけど、なかなかくたばらん。
真っ暗になったらこっちの負けやよって、坂上大将軍は
「お陽さま、もうちょつと沈むのを待って下さい…」
と頼んだら、沈みかけたお陽さまがもう一度輝きはじめ、その問にとうとう大怪獣クモゴンを仕止めたんやと。
それ以来、このあたりの在所を日延村ちゅうようになったんやて。
近くの神社 大屋都姫神社
里神ギツネ
あのな、和歌山市の園部のあたりの昔話や。
今でこそあのあたりはびっしりと家が建ち並んで空さ地も少のうなったけど、昔はそらもうさみしいとこでな、はとんどが畑や山林やったんや。
もちろんタヌキもキツネもようけ棲んでてな、そらもう悪いことしたもんや。
なかでもキツネの方が悪さしよったな。
お医者さんまでだまされて、キツネの子供のカゼヒキに往診さされた話や、なんかとられたちゅうような話はいくつも残されてら。
わけてもこのあたりで有名なのは里神ギツネの一族やった。
わしらの若い頃は大活躍して、さんざんに村人を悩ましたもんやで。
この里神いう在所には、むかしはどてらい大きな竹薮があったよって、どうせそこらを根城にしとったんやろな。
その里神ギツネにだまされた人の話をしよかの。
むかしの夜の楽しみの一つに、夜漁りちゅうのがあってな…紀ノ川へ魚をとりに行くんやしょ。
トアミちゅう網をもってな、バサッとやると、フナ、ジセコ、エビ、コイなどが入っててな、そらもう嬉しかったもんや。
ある若い衆が、夜漁りに出かけた時のことやけど、その夜はいつにのうようけ網にかかったんやと。
若い衆は、もうホクホクで夢中になってたんやが、なにやら首筋の方がゾクゾクしてくるんや。
「おもしやいなァ。
カゼでも引くんとちゃうやろか」
そう思いながら、ひょいと後ろの方をふりむくと、土手のところにキツネが坐って、じっとこっちを見てるんやしょ。
「こらあかん、キツネにねらわれてるわ。もういぬことにしよか・・」
と独り言を言いながら、獲物を背負って帰りかけたんやして。
そしたら行く手にまた大きな川があるんや。
こんなとこに川があるとはおもしやいな…と思たけど、それを疲らな村へいねやんので、下駄や着物を頭にくくりつけて、ポツボツと渡りはじめたんやと。
まぁ水はそんなに冷とうないんやけど、底の石にようけコケでもついてるかして、ツルツルして足をなんども滑べらしそやった。
やっと波り終ったら、背中の魚籠は軽うになってしもて、魚はみな無くなってしもてたとい。
これもキツネの仕業やしょ。
近くの神社 伊達神社
和歌山市の民話 その二
参考文献
和歌山県史 原始・古代 和歌山県
日本の民話紀の国篇(荊木淳己)燃焼社