阿比太神社(あびた)
箕面市桜ケ丘1-8-1
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南の鳥居  東の鳥居
 



交通    阪急箕面線桜井駅西北へ10分

祭神    素戔嗚尊

拝殿



注釈 式内社。応神天皇三年の奉祀と云う。
 『大いなる邪馬台国』(鳥越憲三郎著)によれば、物部一族の阿比太連が奉斎した。彼らは古墳時代に当地に移り住んだと云う。

 『姓氏録』には、「大貞速連日命十五世孫珍加利利大連之後也、上宮太子摂政之年、住大椋宮、于時家辺有大俣楊柳、太子巡向巻向宮之時親指樹間、即詔阿比太連、賜大俣連、四世孫正六位上千継等、天平神護元年。改字賜大貞天、然れば阿比太の連の祖神速日命を祭れるならん云々。」とある。ここで、速日命と云う文字が出てくるが、前後関係から見れば、饒速日命のことである。

 付近には桜古墳・中尾塚古墳など後期古墳がある。また、この地は猪名県であり、弥生土器が多い。
『大阪府全志』によれば、阿伊太神社としている。境内は3084坪を有し、松樹鬱蒼として社頭を覆い、創立当時の趣をそのままに残すと伝え、黒木の鳥居に立てられた本殿の外に幣殿・拝殿などがあると記している。

 神社南3町の箕面川より北56間の所に龍門滝があり、土俗社参する者は先ずこの滝で身を清めたと言う。

 社域は大きく大木も多い。本殿背後は公園である。本殿は覆殿の中のようだ。



社殿



大杉稲荷 伏見稲荷大社三の峯の大杉稲荷の御分霊


『平成祭礼データ』から



 当神社は延長五年(西暦九二七年)に編纂された「延喜式」神名帳に名を載せる式内社であり、御祭神に素盞嗚尊をお祀りしている。応神天皇二年の奉祀なりと伝えられるが確かな文献は存在しない。しかし、「続日本後紀」の記載によれば「仁明天皇三年正月従五位下を授かり給う」とあり、また「延喜式」神名帳には大、月次、新嘗の祭に案上の官幣賜わった大社であることが記されている。
 古くは牧之荘の大宮と称し、また仏教では素盞嗚尊を牛頭天皇(ごすてんのう)と同一であると説いたので神仏習合の時代におこった牛頭天皇の呼称も当神社の社名として存していた。近世には豊島郡内の大宮として上下の尊崇最も厚く、領主阿部摂津守は代官水原勘右衛門をして幣帛を供進し、折々社参したことを載せる旧記が存する。元禄五年十月の吟味帳によれば、「半町村、桜村、新稲村より火とぼし掃治人一年替りに勤め来り候」と記されている。
 御神徳としては文学、武道の守護神、また悪疫、早魃に誠にもって霊験灼かな神として往時より尊崇厚き神社である。境内地は約二千五百坪、現在の御社殿は昭和五十年十一月に竣工。三方に半町、桜、新稲の参道を有する。  
以上


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