檪谷神社
京都市西京区嵐山元緑山町

交通
嵐山渡月橋西を北へすこし its-mo

鳥居と社殿

祭神
奥津嶋姫命、市杵嶋姫命

由緒
 松尾大社の境外摂社であるが、式内社葛野郡檪谷神社にあたる。
 「続左丞抄」に仁安二(1、167)年檪谷旅所老尼一人頓死、との記事があり、同年八月に、社の下い死穢があるとして神輿を改造している。

 創建年代は不詳。文献上の記述は下記の通り。
嘉祥 元年(848)『続日本後記』無位檪谷神従五位下
貞観 十年(868)『三代実録』従五位下檪谷神正五位下 等

 鎮座地は大堰川の流れが激しい荒瀬から穏やかなトロ場に変わる接点であり、水の神・舟の神が祀られるのに相応しい立地との評価。

 松尾三社とは、松尾、月読、檪谷のことであり、山城国の一宮に準ずる扱いを受けた。 このようなことから『新抄格勅符抄』に葛野打下神として山城国で九戸の神封を与えられている神社とは当社のことではないかと考えている。近江国志賀郡打下に鎮座している比良明神即ち白鬚神社を打下神社と言うようで、道祖神また船玉神と見なされていたようだ。櫟谷神社の鎮座立地、並びに祭神は葛野打下神そのものと語っている。

たたずまい
 嵐山のモンキイセンターへ登る道筋にあることのなる。 夕刻に参詣したのだが、ここは朝が似合う神社と思う。

社殿

お祭り

京都山城寺院神社大事典(平凡社)

松尾大社の境外摂社

京都山城の神々

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