敷地神社
京都市北区衣笠天神森町10

鳥居


交通
京福電鉄白梅町下車北へ20分 its-mo
バスも多い。


祭神
木花開耶姫命 配 天日鷲命、栲幡千千姫命

摂社
六勝稲荷神社「倉稻魂命 配 天照大神、神功皇后」勝負事の神

由緒
 北山の神として衣笠に降臨の天神地祇を祀っていた。 天長八年(831年)この地に氷室が設けられ、その夫役が加賀の国より移住し、その地で崇敬していた菅生石部神社の分霊を勧請して、北山の神の西隣に祀って祭神を菅生石部神(日子穗穗出見命)の母神の木花開耶姫命と定めた。
 室町時代に両社を合祀、現在地に遷座。

社殿


たたずまい
 清掃が行き届いた社域。鳥居をくぐって木々に包まれた参道を暫く歩き、右手に折れると社殿が南向きに建っている。
 わら天神とよばれているのは、安産の神で、そのお守りにわらがあり、わらに節があれば男児、節がなければ女児との古くからの信仰がある。また”はら帯の天神”とも云う。

 


お祭り
  4月 第一日曜日 春季例祭

本殿

敷地神社由緒(平成祭礼データ)神社本庁

 敷地神社(俗称・わら天神宮)又の名をはら帯の天神と称へ奉り。御祭主神は木華咲耶姫尊に坐し、太古山背国(山城国)葛野郡北山天神丘に降臨(現在京都市金閣寺の北西裏にして旧跡尚ほ存す)北山の神と称へ祀れり。類聚国史云ふ淳和天皇天長五年(今を去る千弐百余年前)京中大雨地震有り時、丁丑八月山崩れ 水溢れ 遺侍従高枝王神祗小副大中臣磯守を北山の神に奉幣せりと記され、爾後応永四年(五百五拾余年前)足利義満金閣寺造営するに際し現在地に遷座し奉る。世々安産の守護神として広く洛中洛外を始め国の津々浦々より崇敬参拝者多数有り。
以上


京都山城寺院神社大事典(平凡社)、白水社『日本の神々5』

京都山城の神々

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